罠ブラザーズの活動ポリシー
長野県では、毎年およそ2万5千〜3万頭の鹿が捕獲されています。*1
これは、県の定める第二種特定鳥獣管理計画(第5期ニホンジカ管理)に基づくものです。*2
この計画は、専門家や地域の幅広い関係者の合意を図りながら、科学的・計画的な個体数管理などの施策の実施により、自然環境への影響および農林業被害の軽減を図りつつ、増えすぎたニホンジカを適正な生息密度に維持することを目的としています。長野県では、この第二種特定鳥獣管理計画に沿って、令和3年度〜7年度までの5年間の間に、年間4万頭のニホンジカの捕獲計画が予定されています。『罠ブラザーズ』が現在拠点としている八ヶ岳ブロックは、鹿の生息密度が特に高いことを理由に捕獲重点地域に定められており、このブロックだけで年間およそ1万5千頭の捕獲計画が立てられています。*3
仮に私たち『罠ブラザーズ』の活動が行なわれなかったとしても、この捕獲計画に変わりはありません。
このような背景で、駆除された鹿はその後、どうなっているのか。
その多くは、猟師によって仕留められた後、やむなく埋設・廃棄処理されている現状があります。総捕獲数に対する食肉利用頭数の割合は、令和元年度で 23.5%にとどまっています。*4私たち『罠ブラザーズ』は、そのような駆除されるだけの鹿を捨てることなく、ジビエとして美味しくいただこう、という考えからはじまった取り組みです。そのため、長野県における “有害駆除期間” に合わせて活動を行なっております。
そもそも、人間が自然の環境をいじった都合で増えてしまった鹿を、またも人間の都合で「害獣」に認定し、駆除対象としていること。この点に関しては、まったくもって人間中心の考え方であることは認めざるを得ません。
しかしながら、実際に農業の現場では鹿による農作物への被害が存在していることも事実です。
『罠ブラザーズ』の罠担当の猟師は、元々この地域で農業を営む農家であり、自身の畑を守るために猟師になりました。調理担当の料理人は、農家の家で育ち、畑が鹿に荒らされる様子を目の当たりにしてきました。もちろん、被害を食い止めるために、電気柵やフェンスの囲いなどの対策も実施されています。令和元年の時点で長野県内の侵入防止柵の総延長は2千キロメートルを超えており、莫大な予算が投じられてきました。*5
その甲斐もあり、防止柵は一定の効果をあげています。しかし、防止柵は一度設置したら終わりというものではありません。倒木や雪が降れば壊れます。金網も鹿に突破されるケースもあります。雑草を除去しないと電気柵は漏電が起きて壊れてしまうこともあり、周囲の草刈りも必要です。このように対策を行なってはいるものの、依然として長野県内では7億4千万円の農林業被害があり、そのうちニホンジカによる被害は最も多く全体の29.4%を占めています。(令和二年度)*6手塩にかけて育てた作物が無為になってしまうことは、農家にとっては経済的な負担であるのはもちろん、精神的な負担も測り知れません。こうした対策は農家の個別対応に任されている部分もありますが、年齢的にも対応が難しかったり、いざ鹿の顔を見ると可哀想に思い、自分では対処がためらわれるという声もあります。
お肉を食べる/食べないの思想に拘らず、誰にとっても農業は必要不可欠な産業であり、現場ではなんらかの対応がどうしても求められます。これは長野県に限った問題ではなく、他自治体も含め、有害鳥獣駆除は農家を守る手段として推進事業となっています。『罠ブラザーズ』の運営地域でも同様です。
このような背景や現在の生息個体数などを把握した上で、自治体は捕獲頭数を定めています。今後も少なくとも令和7年度までは捕獲計画が予定されており、鹿は駆除されていきます。
このように駆除された鹿たちが仕方なく廃棄されている一方で、スーパーでは人間が食べるために生まれ、飼育された家畜のお肉をいつでも気軽に購入できます。そのお肉がどのようにして食品として並んでいるのか、私たち消費者は「生命をいただく」という感覚すらなかなか持てずに、当たり前のように畜産のお肉を食べているのが現状です。また、都市部に住む生活者ほど、生産者や生産地との関わりが薄く、食べることに関して考える機会に恵まれないのが事実です。家畜の屠殺がどのようなものなのか、その実態に迫ったドキュメンタリー映画「Dominion」をはじめ、ネットフリックスなどの配信サービスではサスティナブルシーフードの実態やイルカ漁についての作品も多数ありますが、日頃から意識を持たなければそのようなテーマに触れることもありません。
『罠ブラザーズ』の参加者コミュニティでは、罠がなぜ必要なのか、その意義や農家にとっての意味など日々の記録動画をお届けしています。これらの動画は、自分が食べている肉は、元はひとつの生命であったこと、その命を自分の代わりに留めている人間がいることを、知ってもらう一つの機会として提供しています。
(動物が苦しむ様子を楽しむためにエンターテインメントとして配信しているものでは断じてありません。また、鹿の留め刺しを記録した動画については希望した方のみが閲覧しており、強制的に視聴させているものでもありません。過去のインタビュー記事の誤った記載から、一部の方々により、LINEでの動画配信について事実を曲解し「LINEで生配信」などの表現で情報が拡散されていますが、生配信を行なった事実はございません。)『罠ブラザーズ』では、これまで山のことや、肉を食べることについてあまり考えてこなかった方々にも、気軽に参加してもらえるような取り組みを目指しているため、キャッチーな表現も交えながら発信を行なっています。それは、最初から「命の授業」のような高尚なものを訴えるのではなく、この体験全体を通して、最終的に参加者の皆さまに普段の消費とは異なる視点を持ってもらえたらという信念があるからです。
私たちが伝えたいことは、「いただきます」という言葉が本来持っている意味について、きちんと考えるということです。また、本当の意味で山や動物と人間が共存していくためにはどうすれば良いのか。
一方的に、鹿を「害獣」として認定して駆除するのではなく、人間が山のためにできることは一体何なのか。本質的な問いに向き合っていく必要性も感じています。ただ、私たちは、生きている限り「生命を食す」という営みから逃れることはできません。
誰もが他の生き物の命をいただいて、生きています。
自分で手を下すか、他の誰かにその行為を肩代わりしてもらっているかの違いでしかありません。
これまで『罠ブラザーズ』の参加者の皆さまからは、肉を食べることへの意識の変化や、捨てられていたかもしれない美味しいジビエ肉を味わうことができてよかった、などの声をいただいて参りました。
駆除され、食べられることなく廃棄される鹿が存在する現在の状況においては、私たち『罠ブラザーズ』の活動は意義のあるものだと信じています。
罠ブラザーズ 運営一同
参考
*2 第二種特定鳥獣管理計画(第5期ニホンジカ管理)/長野県
*3 長野県第二種特定鳥獣管理計画(第5期ニホンジカ管理)の概要 p.2
*4 長野県第二種特定鳥獣管理計画 (第5期ニホンジカ管理)(本文) p.16
罠ブラザーズの運営について
『罠ブラザーズ』は、「廃棄されている鹿を美味しくいただく」という想いに共感する有志が集まり運営を行なっています。その中で、罠の設置・管理、食肉処理の部分等については『山学ギルド』が担当(狩猟は有害鳥獣駆除の許可を得ている猟師のみが実施)、実施における企画や運営サポートについては『土とデジタル』が担当しています。